消えた甘さにすがる理由

*阿良々木←羽川




「羽川、今日の放課後って早く帰ってもいいか?」

昼休みの終わりを告げる予鈴と同時に教室に這入ってきた阿良々 木くんは私にそう言った。最近はほぼ毎日文化祭の為の企画や準備を放課後に行っているから副委員長である彼はその欠席の連絡を委員長である私にしに来たのだ。

「今日は…そうだね、うん大丈夫だよ」

阿良々木くんにしては急すぎる連絡だったけど、今日は先生への報告が主で特に支障がでるとは思わなかったので快く承諾する。

「急な連絡でごめんな。埋め合わせは絶対にするから!」

「…じゃあその埋め合わせに期待するね」

そう言って微笑むと彼も笑顔で任せとけ、と言い自分の席についた。その背中を見ながら心の中で問いかける。

――放課後、何があるの?

私には聞く勇気も知る権利もない。だから口には出さず深く探らないようにしようとする。けれど人間の頭は不思議なものでそう思った瞬間には勝手に気にかかることを推理し始めるのだ。自分にとってマイナスの答えだとわかっていても。

本鈴がなる。 ああ、そう言えば予鈴の時。私のところへ来る阿良々木くんの後ろで彼女は。戦場ヶ原さんはいつも通り席へついた。教室へ来るのが同時だということはつまりそういうことで。放課後もきっと彼女のために。代名詞ではない、彼女のために。

そう言う理由ならダメだよって言えばよかった。嘘。ダメだよって言いたかった。

今日彼が居ないことによる支障がゼロに近いのは確かで。私のやる気がゼロに近いのも確かで。そんな公私混同した理由で仕事放棄なんかはしないけれど。あ、間違っても彼への皮肉ではなく。

しっかりしなさい、羽川翼。

授業というものは楽だと思う。余計なことを考えなくて済むから。そうやって黒板と先生だけに集中していたらもう放課後だった。 生徒たちは荷物をまとめ部活や家へと向かう。今日に至っては阿良々木くんもそのひとりで。

「じゃあ羽川、後はよろしくな」

「うん。また明日ね」

そんな挨拶を交わして教室を出ていく彼を見送った。阿良々木くん以外はもう既に居なくて、私は静かな空間にひとり残った。

さて…文化祭準備用にグループ分けしたクラスメイトの報告書をまとめないと。それが済んだら担任印を貰って…来週からは放課後準備も許可されるからそれの計画も少し。

筆箱から筆記用具を取りだそうとしたその時。

「羽川!」

「…阿良々木くん…?」

教室の入り口には帰った筈の阿良々木くんが居て私は目を疑った。

「どうしたの?忘れ物かな?」

「まあ、忘れ物っちゃそうかもな。ほい、これ」

すたすたと足を進めて私の机に紙パックを置いた。それは学校の自動販売機に売られているアイスココアだった。

「…私に?」

「手伝わず帰るお詫びじゃないぞ。単に羽川が喉渇いたら嫌だなって思った僕の気持ちだから」

だから、受けとれよって彼は笑う。

「…ふふ、なにそれ。確かにお詫びだったら受け取らなかったよ。だって埋め合わせしてもらうからね」

「だろうと思って。でも羽川は優しいから僕の気持ちなら断らないだろう?」

阿良々木くんはもしかすると天然のたらしかもしれない。それにのる私も私だけれど。

「そうだね。有難く受けとります。ありがとう」

「それじゃあまた明日な」

「うん、ばいばい」

そう言って阿良々木くんは今度こそ教室を後にした。私を気遣って買ってきてくれたそのココアを手にとってストローを挿す。口 に含んだ液体は優しくて甘い。甘ったるい。そう、誰かさんみたいに。

戦場ヶ原さんのもとへ急ぐ彼は私の想いには気付かない。いつまでも誰にでも優しい彼は気付けない。甘さがなくなった後の物足りなさを知らない。もっと欲しくなることを知らない。きっとこれからもそうなんでしょう?

口内に残る甘さが後を引くから、私は教室をでて冷水機へと足を運んだ。ココアを飲み干したわけじゃない。ただなんとなく。周りに人が居ないことを確認してから口に水を含む。無意味なことだってわかってる。教室に戻ればまたあのココアを飲むから。静かに吐き出した冷たい水はあっさりと私から甘さをさらっていった。

ああ、また頭痛がする。





消えた甘さにすがる理由



(苦味だったら、 たった一度で足りるのに)


fin






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